人は人に出会い 初めて人間になる 今会えたことは偶然じゃないから

a33com2006-11-19

 

川o・-・)<久々ですが



↓の続きです
▼第1話『我輩は猫である』
▼第2話『ネコじゃないモン!』




不定期連載?


連続?妄想劇場

少女R


第3話 『やっぱり猫が好き





僕とれいなの暮らしも一月を越えていた。


近頃はれいなもすっかり人間としての生活に慣れてきたみたいで、生活面でこれといった不都合を感じているふうでもなかった。


だけど−


だけど何故だかれいなは一人で外に出ることを怖がっているカンジで、おかげで僕は、暇さえあればれいなと散歩に出かける毎日をおくっていた。


「ねぇねぇ、次はあのでっかいののおく…屋上?行きたい」
「あ、うん、いいよ」


今日も僕とれいなはいつものように散歩に出ていた。
といっても、いつもこんなカンジで、れいなの思うまま、れいなの歩きたいコースをひとしきり歩くのが2人の「散歩」だった。


「ここはねぇ…れいなが猫の時に、よくお昼寝に使いよったところでねぇ…」
「へぇ〜そうなんだ…」
れいなはいつものように明るい笑顔でこの場所の思い出ばなしを聞かせてくれる。
ただ僕は、そんなれいなの「思い出ばなし」を、少し複雑な気持ちで聞いていた−。


僕とれいなの−2人の生活が始まった頃は、れいなの行きたい所といえば例えば2人で初めて行った海のように、野良猫だったれいなにとっては未知の場所を彼女が「見てみたい」と言って行きたがるカンジだった。
ところがここ数日、れいなが行きたがるのは自分が猫だった頃の思い出の場所ばかりになっていた。まるで自分の思い出の場所を僕に見せているかのように…。


最近の僕は、そのれいなの「変化」に言い知れぬ不安を掻き立てられていた。


そして−
ひとしきり思い出ばなしを語ったれいなは、屋上のフェンス越しに遠くを見つめていた。

最近のれいなは、よくこんなカンジで遠くを見つめている。
それもまた、僕の不安に拍車をかけていた。


「あ、あのさ、れいな…」
「さぁ、今日はもぉ帰ろうかぁ。れいなおなかすいた。」
「あ、うん、そうだね…」


何度かれいなの変化の意味を問いただそうとしたけど、知ってか知らずか、いつも今みたいにはぐらかされていた。
その事実が、さらに僕を不安にさせていく…



しばらくは、そんなカンジで僕とれいなの時間は、なんとなく微妙な空気の中で過ぎて行った。



そしてある日−


いつものようにれいなの先導で散歩に出たけれど、その日はいつもより少し遠くまで歩かされた。

「今日はここ。この中−」
その口ぶりからして、れいなはあきらかにここを今日の目的地としていたことがわかる。それも、この場所を僕に見せるために…


今はもうそこにあることの目的を持っていないと思われる建物。壊されることさえ放棄され、ただそこで自然に朽ち果てていくだけの無機質の塊。
その中に足を踏み入れた時から、れいなはずっと言葉を忘れたかのように黙りこくって淡々と歩を進めていた。

いつもなら、その場所についてあれこれと説明してくれるれいなだったのに…れいなの背中を見ながら歩いている僕は、そこに流れる空気の重さに今にも押しつぶされてしまいそうだった。


「あ、あの…れいな?」
ついに耐えかねた僕の方から口を開いてしまった。
ただ、さすがにここ数日に蓄積された「不安」を設問に変えるのは憚られたので、今もっとも無難と思われる設問を選んで言葉にする…
「れいな…ここっていったい、どーゆー場所なの?」
「ここ…ここは、まだ子供だったれいなが捨てられた場所」
「ここ…ここが?」
「うん…ちょうどこの辺りかな」

そう言って、身をかがめるれいな。
「ここ…ここって…」


正直僕は驚いていた。
仔猫を捨てるって話しは悲しいけれどよくある話しだ。実際僕が飼っている猫たちもそんな捨て猫たちを拾ってきたものだし、それは珍しい話しではない。だけど、普通猫を、ましてや子供の猫を捨てるなら、誰かに見つけてもらって拾って貰えそうな、そんな場所に捨てるようなイメージが僕にはあった。それが、こんな普段は人も寄り付かないような廃墟の中に…


「れいなは、いらない猫やったとよね…」

寂しげにれいなは言う
「だけん、いらないゴミをこっそり捨てるのとおんなじで、ここに捨てられたっちゃん」
「れいな…」


今、はっきりとわかった。
やっぱりここ数日のれいなは、猫としての自分が生きてきた世界を僕に見せようとしていたんだと。
そして、何故れいなが、そんなことをしていたのかということも。。。


「れいな…ひょっとして、猫に戻らなきゃいけなくなったの…か?」
「…うん」
「そんな!なんで急に…」
「しょうがなかとよ!」


感情的になろうとした僕の言葉をれいなはさえぎった。
そこで生まれたわずかな静寂のおかげで、僕はほんの少しだけ冷静さを取り戻す。
そして、そんな僕の様子を確認したかのように、れいなは静かに話を続けた…



「ここにゴミみたいに捨てられてたれいなだったっちゃけど、何日か後に偶然迷い込んできた女の子に見つけられたとよ」
「…うん」
「その子の家は猫を飼うことは許してくれんかったけど、でもその子は毎日、ここに食べ物とか持ってきてくれて、れいなば育ててくれたったい」
「そう…なんだ…良かったね」
それはもう昔の話しなのに、僕は心底ほっとしてしまった。
「その子はホントに毎日…れいなが大きくなるまで毎日、食べ物をもってきてくれて…でも、れいなは大きくなった時に、このままこの子に甘えとったらイカンと思うて、こっそりここから出て行ったと…」


ちょっと意外だった。
人間として僕と生活していたれいなはホントに頼りなくって、でもとてもかわいくって、ホントに妹みたいなそんなカンジだったから、そのれいながそんな大人な判断をしている姿はちょっと想像がつかなかった。


「れいなが人間になったのは、神様の罰ってゆーたよね」
「あ、うん」


突然話題が変わったように思えて僕は少し驚いた。もっとも、それは無意味な転換ではなかったことはすぐに判明するのだけれど…


「ホントはそれね、れいなが神様にお願いした罰ったい」
「え?」
「れいながその女の子の前から突然いなくなって…それからずっとその子はれいなのこと探しとったらしかとよ。それでね、ある日街中でれいなを見つけたその子は、周りも見ずにれいなに向かって車の走ってる道に飛び出して…」
「事故?」
「…うん。」
「死んじゃった…の?」
「ううん…まだ生きとる。でも…意識?それがないって、ただ生きとるってだけ…病院で…」
「そう…なんだ…」


「だから、れいなは神様にお願いしたったい。れいなの命ばその子にあげてください、って」
「!? で、でもそれって…」
「れいなは猫だけんね…どうせこのままでももうそんな長くは生きとらんもん」
「そりゃ…そうかもしれないけど…」
「もともとれいなの命はその子に貰ったものだけん。れいなはその子に命ば返すだけたい」
「れいな…」


こんな小さな女の子の姿のれいなが、こんなことをしゃべっている事実がもうすでに不自然極まりない風景ではあったけれど、そこで僕の中にひとつの疑問が湧き上がってきた
「ちょ、ちょっと待って、じゃぁ今のれいなは…どーゆーことなの?」
「今のれいなは…神様の手違い」
「手違い?」
「ホントはその子の中に新しい命として転移するはずだったのに、なんでかしらんけど別の人間になってしまったらしいとよ」
「あ〜…そーゆーこと…」
「れいなも最初は、神様もすぐ気付くっちゃろうて思うとったけん、それまで人間になるってどんなんか味わってみるのもよかかなーて思うてそのままにしとったっちゃけど…」
「うん…」
「いつまでたっても神様からなんもゆーてこんし、その間にお前とこーやって人間の生活しとるとがどんどん楽しくなっていって…」
「れいな…」


「でも、もう終わり。神様から連絡があってね。ちゃんとやり直しばするって」
「そんな…でも」
「それが本当のカタチやけん。しょうがなかったい」
「そう…だけど…」
そうだけど、突然そんなことを言われても、僕の気持ちは修まらない。今の僕には、れいなを失うことなんて考えられなくなっていたから…


「いつまで…なの?いつまでれいなは今のままで、人間のままでいられるの?」
「…今日の夜…8時」


それは突然すぎる宣告だった。
死刑宣告にもにた残酷な宣告。

今にも泣き喚きそうになるほど自分の感情が煮えたぎっているのも自覚できた。その神様と言う名の悪魔と本気で戦うことを考えもした。

でも、そんな刹那の向こう側に見えたれいなの瞳は、何一つ迷いのない、決意に満ちた光を放っていた。

そのれいなの瞳を見たとき、僕の心もまた、決意で満たされる。


今の僕がれいなにしてあげられること−


「わかったよ、れいな。それじゃぁ、今夜はデートをしよう」
「でーと?なんそれ??」
「2人で…並んで街を歩いて…」
「それ、お散歩となんか違うとね?」
「あ〜っと…ね…まぁ、散歩みたいなもんだけど、ね」
「う〜ん…まぁ、いいっちゃよ。最後のお散歩。お前とれいなで♪」
「よし!決まり」



その夜−


知り合いの女の子に頼んでれいなに目一杯のオシャレをさせて、僕たちは夜の街へ「散歩」に出かけた。
僕とれいなの最後の散歩−それは2人の初めてのデート



「ねー、こんな歩きにっかカッコでお散歩すっとが“でーと”ってゆーやつとね?」
「そうそう、そーゆーもんなの、デートってのは」
「えー。もぉなんか足も痛かし、最悪っちゃけどぉ〜」
「つべこべ言わないの!」
「もぉ〜」


しゃれた店で食事とか、本当はそんなデートコースを用意するべきだったのかもしれないけとも思ったけれど、僕とれいなのデートにはそんなモノは不要だった。
野良猫のれいなが生きてきたこの街の、僕とれいなが出会ったこの街の、この夜の輝きの中で、ただ2人だけの時を過ごすコト…それだけで僕は満足だった。


それでも時は容赦なく刻音を響かせていた…


そろそろ時は8時を告げる。れいなとの別れの時を…


「ありがとう、れいな。君に出会えて、本当に良かった」
「れいなも…お前と一緒で楽しかった」
「…最後まで、『お前』なんだな…」
「ん?」

「…綺麗だよ、れいな」
「?きれい?なんねそれ??」
最後まで、僕とれいなの会話はイマイチかみ合わなかった…でも、それが、僕とれいなの楽しい時間そのものだったから、僕はこの最後の瞬間がとても幸せだった


そのとき−


時の表示が8の字を描いて、それと同時に夜の街を昼に変えるほどの光がれいなの頭上に天から降り注いだ。

時が来た−
お別れの時が−


「ありがとうー!れいなぁー!」

僕はありったけの声で光に包まれたれいなに叫んだ。


「ありがとーう!大好きっちゃよぉー!・・・・・」


かすかに僕の名前を呼ぶれいなの声が聞こえた気がした。


でも、それを確かめる術はもうそこにはない。
夜の街を照らすものがネオンの明かりだけに戻ったとき、そこにはれいなの姿はなかった…



こうして
僕とれいなの日々は終わった。






・・・・・・・・



あれから何年たっただろう。


いつもの街、いつもの風景−その中で僕は当たり前に日常を過ごしていたある日、ちょっとだけ日常と違う光景に目を留めた。



野良猫と距離をとって眺める少女。
その光景に、何故だか僕は心が惹かれた。
いや、光景というよりも、その少女に…


「キミ、その猫がどうかしたの?」
気付いたら声をかけていた。
明らかに女子高生なその少女から見ればもう十分おっさんな歳になってしまっている僕である。普通に考えれば声をかけていい相手ではない。


「!?」
「あ、ごめん」
少女が明らかに驚いたような反応をみせたので即座に謝った僕だったが、次の瞬間、振り返った少女の姿を見て愕然とした。

「れい…な?」

見間違うはずはない。そこにいたのは紛れもなく…


「このネコ、おじさんの?」
「…え?」
「このネコちゃん、おじさんのネコね?」
「おじ…あ、いや、僕のネコじゃないよ、うん」
「なぁ〜んだ…」


そこにいるのは紛れもなくれいなだった。
だけど、この態度をみる限り、この娘は僕が知っているれいなではない…



「れいなねー、ホントはネコ大好きっちゃけどねー、なんかネコに嫌われとう気がして近寄れんとたい」
「…そうなの?」
「昔ねー育ててたネコに逃げられたこともあったし…」
「あー…」


そういうことか。


この娘は間違いなくれいなだ。
でも、僕が知っているれいなではない。


でも−


「大丈夫。キミがネコから嫌われるハズはないよ。うん、絶対に」


「えーなんでおじさんにそんなんわかるとー?」


わかるさ


だってキミは…


キミの中には…


「ってゆーか、おじさん…どっかで会ったことある?」




もう一度


時が音を刻み始めた。


今ここにある、命の鼓動と共に−






連続?妄想劇場『少女R』


−了−