ほらね忘れていた何か とても大切な思い ゆっくり心の中で動き始めるの
早々と界隈を賑わわせつつある甘い日々の断片をあえて無視して
書きます。
不定期連載?
連続?妄想劇場
少女R
第1話 『我輩は猫である』
その出逢いは突然ですらない、ごく日常の延長でしかなかった。
いつもの帰り道。
いつもの風景の中で出逢った彼女−1匹の猫。
別に捨て猫というわけでもないらしい。おそらくは、誰に飼われるでもなく自由に時を刻んでいる猫であろうことはその風貌からも見てとれたが、それは様々な命が生を重ねるこの風景にはしごく当り前の存在である。
だからこの出逢いも、普段なら特に気に留めることもなくすれ違うだけの出逢いだったことだろう。
ただ、“何か”から逃れるように身を潜めていたその猫とほんの一瞬だけ視線が重なってしまったという「偶然」だけが、この出逢いに意味を与えていたのかもしれない。
僕はその猫を我が家へと招待した。
我が家には既に2匹の猫が住んでいる。
その意味我が家に猫がいるこの光景もまた、特別でもなんでもない風景−
そのはずだった。
部屋に招きいれた彼女が、先住の猫たちと特に問題もなく仲良く出来ている様子を確認すると、僕はお客様にミルクでも−と思い席を外した。
台所へ行き、同居猫たちの留守番の労も労わなければ、ということで大き目の器にいつもより多めにミルクを注ぐと急ぎ部屋へ戻る。
「いつもより」という注釈は付くが、これもまた概ね自分にとっては日常的な行動であり光景だった。
おそらくそれが、この日の最後の日常。
そう、再び彼女たちの待つ部屋の扉を開いたその瞬間から、僕はそれまでの日常とは違う時間を刻む事になる。
「!?」
声が出なかった。
マンガとかならこのミルクを床にひっくり返して驚くところなのかもしれないけれど、そのときの僕はあまりの驚きに声もなく、ただ呆然と目の前の光景を見つめることしかできなかった。
そこには、いるはずもない一人の少女?が射し込む夕陽の温かさ味わっているかのように、気持ちよさ気な表情を浮かべて寝そべっていた。
しばらく−おそらく「しばらく」と呼べる程度の時間、その光景に目を奪われていた僕ではあったけど、そのまま時間を重ねる事では何も問題が解決しないことは分っていたことだったから、
取り戻した落ち着きを自分の中でまとめ上げると、「少女」に向って「言葉」をかけた。
「あのー…」
「…」
「あのぉ〜、ちょっと、、、、」
「う、う〜ん…」
僕の何度目かの呼びかけが耳に届いたらしい彼女は、目覚めの息を発しながらゆっくりと半身を持ち上げ、僕の方を見る。
「あぁ…、ん、おはよ〜う♪」
当り前のように目覚めの挨拶をする少女。そのとき初めてしっかりと確認できた彼女の容姿を単純に「かわいいな」と思いながらも、流石にその展開を当り前に受け止めることが出来ない僕は、湧き出てきたいくつかの疑問符の中で、その最上位に位置したものを言葉にして彼女に投げかけた。
「あの〜…どちら様ですか?…てか、どっから入ってきたんです??」
自分がいささか穏やかな口調なのは、彼女に敵意がないことは雰囲気として察知できていたからなのかもしれない。
そんな僕の疑問符に、彼女は信じ難い答えを返してきた。
「どちら様…って、うちの名前は『れいな』…お前に連れてこられてここに入った」
「・・・えっと、、、それって」
「だ・か・らぁ!れいなはぁ、さっきお前が連れて来た猫たい!」
「はぁぁ!?」
驚いた。
さっきまで手に持っていたミルクは既にテーブルの上に置いていたから良かったが、あのまま持っていたら今度は本当に床にひっくり返していただろう。
「ちょ、ちょ、ちょっと、まって、、、君はどう見たって人間だろ!?猫が人間になったとでも言うわけ!??」
「んー…まぁ、そーゆーことたい」
「いや、、、さすがにそれはちょっと…」
「…れいなのゆーことが信じられんと?」
「まぁ、普通は信じないでしょ」
「ん〜…やっぱそーっちゃろうねぇ〜…」
「…ねぇ」
言われてみれば、確かに僕が連れ帰ったあの猫の姿は何処にも見えなくなっていた。
だからといって、今僕の目の前にいる“人間の”彼女の言うことは、到底信じられる話しではない。
「信じる信じらんはお前の勝手やけど…」
言いながら彼女は再び床に身を伏せた。なるほどその姿は確かに猫のように見える…
「れいなは、このコたちと同じ猫なの」
そう言いながら、僕の同居猫とじゃれ合う彼女…れいな
そんな彼女を見ていると、不思議とこの信じ難い話しを信じてもいい気持ちになってくる。
「…えっと、、、じゃぁ、仮にきみが言うことが本当だったとして…
「れいなはウソはゆーとらんモン!!」
「あぁ、うん、わかった。だから、それはそれでいいケド…」
「…何?」
「猫の君が、どうして人間に…人間の姿になっちゃってるわけ?」
「それは…」
「うん」
「それは、、、神様のバツ」
「バツ…罰?」
「そう。れいなが悪いことしたけん、神様が怒ってれいなに『人間になる』って罰を与えたとよ」
「罰…罰ねぇ…」
「信じられんと!?」
「人間が動物に変えられるって罰は聞いたことある…ってまぁそれでも現実にはないだろうケド…猫が人間に変えられるって、それって罰なの?」
「猫のれいなにしてみたら人間になるなんて罰以外の何モンでもなか」
「あ〜そ〜なんだ…」
「人間なんてメンドクサイもんになるより、猫の方が気楽でよかモン」
「あぁ、うん、ナルホドね」
れいなと言葉を重ねるうちに、僕はいつの間にかその話し−今目の前にいる“れいな”が僕が連れて来た猫が人間になった姿であるという話し−を信じてしまっていた。
いや、というよりは、「信じる」「信じない」という分別とは別の次元で、なんとなく理解して受領してしまっていたようだ。
「でも…そんな神様に罰を受けるような悪いことって、どんなことしたの?」
「それは…」
「うん」
「それは…ナイショ」
そう言って、ちょっとイタズラっぽく微笑んだれいなに、ちょっとドキッとしてしまった僕は、それ以上その話しに突っ込むことはできなくなってしまって
むしろそのドキッとした事実をれいなに悟られないようにと焦りながら、大慌てで次の質問を用意した。
「え〜っと、、それで、、これから、、、そう、これからどうするつもりなの?」
「ん〜…これから?」
「そう、これから」
「そ〜だなぁ〜…」
「…神様に人間にするって言われて、実際人間になるまでのちょこっとの間にこーやってお前にココに連れてこられたのも何かの“縁”っちゃろーけん…しばらくの間、お前に面倒みてもらおうカナ♪」
「えぇ!?」
「なに?でけんとでもゆーとね」
「いや、そーゆーわけではないけど…」
「だいたいねぇ…」
と、言葉を続けながら、れいなは立ち上がるそぶりを見せる。
彼女の言う事が真実であるのなら、これがおそらく彼女にとってはじめての「2本足で立つ」行為。
ちょっとおぼつかない足元は見ていて僕の不安を駆り立てるが、それよりも今は、れいなとの会話の内容の方が重要であるのも事実だった。
「だいたい、お前がれいなをここに連れて来たっちゃけん、責任持って面倒みてもらわんとイカンたい」
「いや、それはそうだけど…」
「…あっ!」
「危ないっ!」
しゃべりながら立ち上がったれいなは、後方によろけて倒れそうになったが、なんとか踏み止まった。
「危ないなぁ、おい」
「へへへ…2本足で立つって、なんかヘンなカンジ」
ちょっと照れくさそうに笑うれいな。
そんなれいなを見ていたら、確かにこのままこのコを放り出してしまうのは危ないなぁと…いや、そんなことよりも、もっと単純に、このコと一緒にいるのも悪くないなぁと、そんな気持ちになっている自分に気付いた。
「しょうがないなぁ…じゃぁ、とりあえず、れいなは今日から僕の『妹』ってコトにするから…いいね」
「うん♪」
こうして、新しい日常−僕とれいなの2人?の生活が始まった。
−つづく−