今だけ 今のために 生まれてきたはずだから 今だけ 感じられる せつなさ 確かめようよ
ところで
昨日の日記に書いた
を紺ちゃんにカバーして欲しい
なんて話しについてなんですが…
その日記に書いた『まぁ、、、わかってくれる人はいないと思いますケドね』って1文が、
どうやら『わかってくれる人手挙げろ!』って読み取れてしまったらしく、
いくつかの賛同のコメントを頂いたりしてしまいました(^^;
それに伴って、「生稲晃子と紺野あさ美の類似性」なんてものが示唆される結果になってしまいまして…
や、確かにネ、
どちらかといえば丸顔で、どちらかといえば長髪で、どちらかといえばタレ目で、どちらかといえばおっとり系で、でも実はどちらかといえば結構負けず嫌いなんだけど、どちらかといえば癒し系で、どちらかといえば一般人的認知度が少し落ちる方で、どちらかといえば歌が上手い方には入れてもらえないかもしれなくって、、、、
って
類似する部分は多多アリなんです、ハイ。
ただやっぱり、だからって「似てる」って認知してしまうと
それこそこの10年20年、自分の嗜好がまったくもって成長していないってコトになってしまいそうでもあるし
それより何より、今の自分自身が、遠い昔に無くしたものを補完するために、紺ちゃんを愛しているように思えてきて
それはとっても、不本意極まりない可能性であったりしたりするから
そこは素直に「似ている」とは言いたくない自分だったりするんです…
っても、結局
コレを探し周って購入してきたのが今日の自分なんですケドね(^^;
このシリーズ
中の8㎝CDが昔のEPレコード風にデザインされていたりと芸細なんですケド
でも実際、この辺の曲のオリジナル盤が出た頃はちょうどCDの黎明期で、実際この『麦わら〜』辺りになれば、8㎝のシングルCDってのも存在はしたんで
ちょっと「懐かしさ」を過剰演出している気もしないでもないんですが
でも、
つい昨日まで娘。の7thアルバムやら新曲やらをエンドレスリピートしていたくせに、今日はすっかり「麦わらでダンス」をエンドレスだった自分は、やっぱりそこにある「懐かしさ」に心を捕われている異邦人であったコトは否定できませんね。。。。。
でも、ま
その「麦わらでダンス」を聴きながらやってたコトは上に書いた紺ちゃんの画像収集や写真の印刷作業で
そーいえば、生稲さんは、紺ちゃんみたいにおっぱいおおきくなっかたなぁ…
って
紺ちゃんの優位性を発見することでなんだか安堵して
そんな自分であるから
今、紺ちゃんを好きなこの気持ちは、誰かの代わりではなく、真実にこの目に映る紺野あさ美を愛している気持ちなんだ、と
やっぱり、そー、ね
自信を持っていようかな、と思います♪